火災保険ともらい火|隣の家の火事を弁償してもらえない理由
「隣が火元なんだから、隣が弁償してくれるでしょう」。火事の話になると、たいていこう言われます。ところが日本の法律はその逆で、もらい火の損害は、原則として火元に請求できません。明治時代にできた法律が、いまも生きているからです。
しかも、持ち家か賃貸かで責任の形はまるで変わります。ここが多くの方の盲点になっています。
- 隣家からのもらい火で自宅が焼けても、火元に「重大な過失」がない限り、損害賠償は請求できません(失火責任法)。
- 立場が逆でも同じ。自分が火元でも、隣家への賠償責任は原則負いません。つまり、自分の家は自分の火災保険で守るしかないということです。
- 賃貸は別ものです。大家さんに対する責任は失火責任法の対象外で、弁償が必要になります。
火事は「約14分に1件」起きている
総務省消防庁の確定値によると、2024年(令和6年)1〜12月の総出火件数は37,141件。約14分ごとに1件のペースです。うち建物火災は20,972件で、その56.5%が住宅で起きています。出火原因の上位は、たばこ3,058件(8.2%)、たき火2,781件(7.5%)、こんろ2,718件(7.3%)。どれも、隣の家の台所や庭先で起きても不思議のないものばかりです。
自分がどれだけ火の元に気をつけていても、火は隣から来ることがある。まずはそこが出発点になります。
隣が火元でも、弁償してもらえない理由
本来のルールは民法709条です。わざと、またはうっかり(過失)で他人に損害を与えたら賠償する責任を負う。これが原則です。
ところが火事だけは、この原則から外されています。「失火ノ責任ニ関スル法律」、通称失火責任法。明治32年(1899年)にできた、たった一文の法律です。
民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス
(失火ノ責任ニ関スル法律・明治32年法律第40号)
現代語にすれば「失火のときは民法709条を使わない。ただし火元に重大な過失があれば別」。木造の家が密集していた時代に、うっかり火を出した人へ払いきれない賠償を負わせるのは酷だ、という配慮から生まれました。
この法律は、立場を入れ替えても同じように働きます。隣が火元なら自分は請求できない。自分が火元なら隣から請求されない。おたがいさま、という設計です。
火元に請求できない以上、焼けた自宅と家財を直すお金は、自分の火災保険から出すしかありません。「自分が火を出さなければ大丈夫」という理由で火災保険を薄くするのは、この法律がある日本では危うい判断になります。
「重大な過失」があれば、話は別
例外が「重大な過失」です。日本損害保険協会は、これを人が一般にするであろう注意を著しく欠いた場合と説明しています。挙げられている例が、台所のガスコンロに天ぷら油の入った鍋をかけて加熱している最中に、その場を離れて出火してしまったケースです。
ただし、重大な過失にあたるかどうかは、そのときの状況をひとつずつ見て判断されるもので、一概には言えません。実際にもめている場合は、自分で結論を出さず、弁護士など専門家に相談してください。
賃貸だと、責任の形が変わる
ここからが見落とされやすいところです。アパートやマンションを借りている方が部屋を焼いてしまった場合、大家さんに対しては弁償しなければなりません。
責任の種類が違うからです。借りた部屋は、退去のときに元の状態に戻して返す約束(原状回復義務)で借りています。焼いてしまうとこの約束が果たせない。これは民法415条の「債務不履行」という別のルールで、失火責任法は適用されません。失火責任法が免除してくれるのは、あくまで民法709条の責任だけなのです。
この責任に備えるのが、火災保険につける借家人賠償責任保険(補償特約)です。賃貸契約のときにすすめられる火災保険には、たいていセットされています。
家財の扱いも見落とされがちです。大家さんが建物に火災保険をかけていても、そこで補償されるのは大家さん自身の持ち物。入居者の家具や家電は含まれません(建物と家財が別の保険であることは、持ち家の方にも共通する話です)。
隣の部屋や階下は、借家人賠償では出ない
借家人賠償責任が守ってくれるのは、自分が借りている部屋に対する責任だけです。隣の部屋や階下は「借りた部屋」ではないので対象になりません。そこを受け持つのが個人賠償責任保険(補償特約)で、洗濯機のホースが外れて階下の家財を濡らした、といった日常の事故にも使えます。
もうひとつ、ガス爆発にご注意を。爆発は「失火」ではないため、失火責任法の出番がありません。近隣への賠償責任がそのまま残ります。持ち家でも同じです。
| 誰に対する責任か | 失火責任法で免除される? | 備える保険 |
|---|---|---|
| 隣の家・近所(火事の延焼) | される(重大な過失を除く) | 相手方が自分の火災保険で対応 |
| 大家さん(借りた部屋を焼いた) | されない | 借家人賠償責任保険(補償特約) |
| 隣室・階下(水漏れ、ガス爆発など) | されない/爆発は対象外 | 個人賠償責任保険(補償特約) |
| 自分の建物・家財 | (賠償の話ではない) | 自分の火災保険 |
個人賠償責任は、自動車保険やクレジットカードにすでについていることも多い補償です。増やせばいいというものでもないので、補償が重複していないかもあわせて見ておくと安心です。
火元になったとき、自分の保険から出るお金
隣家への賠償責任は負わない。とはいえ、迷惑をかけたまま何もしないわけにもいきません。火元になった側にも、火災保険から出るお金があります。
- 臨時費用……仮住まいの費用など、被害のあとに付随して必要になるお金
- 残存物取片づけ費用……焼け跡の整理にかかる費用
- 失火見舞費用……法律上の賠償責任はなくても、道義的にご近所へお見舞金を出す場面に備える費用
出るかどうか、いくら出るかは商品によって違います。「うちにもついているはず」と思い込まず、保険証券や契約概要で確かめておいてください。
- 火災保険に入っているか。そして家財も対象にしているか。
- 賃貸なら、借家人賠償責任がついているか。金額は足りているか。
- 個人賠償責任がどこかについているか。逆に、あちこちで重複していないか。
もらい火は、こちらの落ち度と関係なく降ってきます。だからこそ、備えは自分の側にしか置けません。
出典
- 日本損害保険協会 損害保険Q&A すまいの保険 問52(隣家からの「もらい火」で自宅が焼失した場合に、隣家へ損害賠償請求はできないのですか。)
- 日本損害保険協会 そんぽのホント(隣から出火!わが家も全焼。隣から賠償してもらえるよね?)
- 総務省消防庁「令和6年(1〜12月)における火災の状況(確定値)」(令和7年11月25日)PDF
- e-Gov法令検索「失火ノ責任ニ関スル法律」(明治32年法律第40号)
※本記事は2026年8月時点の一般的な情報提供です。補償内容やご加入の判断は、各保険会社の契約概要・重要事項説明書等を必ずご確認ください。個別の法律上の判断については、弁護士など専門家にご相談ください。
「うちの火災保険、家財も入っているんだろうか」「賃貸のときに言われるまま契約したけれど、借家人賠償っていくらついているんだろう」。証券を見ないと分からないところです。お手元にご用意いただければ、一緒に一行ずつ確認します。売り込みより先に、いまの保険を一つずつ見直すところから始めさせてください。