交通事故のケガでも、健康保険は使えます|「第三者行為による傷病届」と、示談を急がない理由

保険の基礎知識

「交通事故のケガに健康保険は使えませんので、窓口で全額お支払いください」。そう言われて驚いた、という話をときどき聞きます。結論から言えば、使えます。全国健康保険協会(協会けんぽ)も、業務中や通勤中の事故でなければ健康保険を使って治療を受けられる、とはっきり書いています。ただし、黙って使ってよいわけではありません。出しておくべき届出が1つあります。

「使えない」と言われるのは、原則の話と混ざっているからです

交通事故でケガをしたときの治療費は、本来は加害者が負担するのが原則です。協会けんぽもそう説明しています。ぶつけた側が払うべきものを、被害者の健康保険が肩代わりする筋合いはない。その原則だけを切り取ると、たしかに「健康保険の出番ではない」と聞こえます。

けれど原則と、実際に使えるかどうかは別の話です。協会けんぽは続けて、業務上や通勤災害によるものでなければ健康保険を使って治療を受けることができる、と明記しています。その場合は、加害者が支払うべき治療費を健康保険がいったん立て替える形になります。

なお、仕事中や通勤途中の事故は健康保険ではなく労災保険の扱いになります。ここだけは入り口が違うので、会社にも伝えてください。

立て替えた分は、健康保険が加害者に請求します

健康保険法の第57条に、こういう仕組みが書かれています。第三者の行為でケガをした人に保険給付を行ったとき、健康保険は給付した額の範囲で、その人が加害者に対して持っている損害賠償の請求権を引き継ぐ。つまり、あなたの代わりに健康保険が加害者へ請求に回る、ということです。

この請求をするために、健康保険側は「誰に、どこで、どうやってケガをさせられたのか」を知る必要があります。そのための書類が「第三者行為による傷病届」です。協会けんぽは、交通事故や喧嘩など第三者の行為による負傷で健康保険を使って治療を受けたときは、この届出を出してほしいとしています。

届出にそろえるもの(協会けんぽの場合)
  • 第三者行為による傷病届/基本は本人が記入。相手の損害保険会社などに依頼できる場合は、相手方が書くことも可能
  • 事故発生状況報告書/事故の状況や過失割合を判断するうえで重要な書類。できるだけ詳しく
  • 同意書/健康保険が加害者側へ請求する際、診療報酬明細書の写しを添えるため、本人の同意が要る
  • 交通事故証明書/必ず添付。「物件事故」になっている場合は「人身事故証明書入手不能理由書」が必要

すぐに書類が整わないときは、まず電話などで事故の状況を知らせ、後日できるだけ早く提出する。協会けんぽはそういう運用を案内しています。ケガをした直後に書類をそろえるのは大変ですから、この一報だけでも入れておくと安心です。

書式には「被害者」「加害者」という欄がありますが、協会けんぽは、過失の大小ではなく、ケガをした被保険者を「被害者」として記入すると説明しています。自分にも非があるから、と迷う必要はありません。

示談を先に済ませてしまうと、給付が受けられなくなることがあります

ここが、いちばん大事なところです。

健康保険法第57条には、第1項の後にもう一つ、第2項があります。ケガをした人が加害者から同じ事由について損害賠償を受けたときは、健康保険はその額の範囲で保険給付を行う責任を免れる、という内容です。

言い換えると、示談で「この金額で解決」とまとめてしまうと、そこに含まれていた治療費については、健康保険はもう払わなくてよくなります。先に受け取ってしまったあとで、健康保険に請求し直すことはできないということです。治療がまだ終わっていない段階で早く決着させると、その後の治療費が宙に浮きかねません。

協会けんぽの同意書にも、この点はきちんと書かれています。立て替えた治療費を加害者に請求できなくなることを防ぐため、次の3つに同意を求めています。

  • 加害者と示談する場合は、事前に健康保険へ報告すること
  • 白紙委任状を渡さないこと
  • 金品を受け取った場合は、必ず報告すること

事故のあと、早く終わらせたい気持ちになるのは自然なことです。それでも、示談書に判を押す前にひと呼吸おいて、加入している健康保険に一本連絡を入れる。それだけで防げる行き違いがあります。

健康保険を使うと、何が変わるのか

相手が自賠責保険にしか入っていない場合を考えてみます。自賠責保険は、すべての自動車に加入が義務づけられている保険です。国土交通省によれば、ケガによる損害の支払限度額は被害者1人につき120万円。そしてこの120万円は、治療費だけの枠ではありません。

120万円の枠に入るもの中身
治療関係費治療費、入院中の看護料や諸雑費、通院交通費、義肢や眼鏡などの費用、診断書の発行手数料など
文書料交通事故証明書、印鑑証明書、住民票などの発行手数料
休業損害ケガで減った収入。原則1日6,100円、それ以上の減収を立証すれば19,000円を限度に実額
慰謝料1日4,300円。対象日数はケガの状態や実治療日数などを勘案して治療期間内で決まる
自賠責保険「傷害」の120万円は、治療費と慰謝料などが分け合う枠自賠責保険「傷害」の支払限度額=120万円被害者1人につき。治療費も休業損害も慰謝料も、この枠を分け合います治療費が大きいと治療関係費・文書料休業損害・慰謝料治療費が抑えられると治療関係費休業損害・慰謝料に回せる分治療費が枠を使うほど、ほかに残る分は少なくなります。

治療費も、休みで減った収入も、痛みに対する慰謝料も、同じ120万円を分け合います。治療費がこの枠を大きく使えば、その分ほかに残りません。健康保険を使って治療を受ければ、窓口での支払いは原則3割で済み、残りは健康保険がいったん負担します。加害者側へ直接立つ治療費の請求が、それだけ小さくなるということです。

相手が任意保険に入っていない、相手が見つからない、話し合いが長引いて治療費を払ってもらえない。そうした場面でも、健康保険が使えれば、とりあえず3割の負担で治療を続けられます。治療費が高額になりそうなときは、高額療養費や限度額適用認定証と組み合わせることもできます。

自分にもいくらか非があった場合でも、諦めるのは早いかもしれません。日本損害保険協会は、自賠責保険では被害者に重大な過失がない限り損害賠償額は減額されない、と説明しています。

ただ、健康保険を使うかどうかは、ケガの程度や相手の保険の状況、過失の割合によって有利不利が変わります。一律にどちらが良いとは言えないので、迷ったら加入先の健康保険や、ご自身の自動車保険の担当者に相談してください。

まとめ
  • 交通事故のケガでも健康保険は使える。業務上・通勤災害のときは労災保険の扱いになる
  • 使ったら「第三者行為による傷病届」を出す。健康保険が立て替え分を加害者に請求するために必要
  • そろえるのは、傷病届・事故発生状況報告書・同意書・交通事故証明書。書類が整わないうちは電話などで一報を
  • 示談を先に済ませると、健康保険からの給付が受けられなくなることがある。判を押す前に必ず連絡する
  • 自賠責保険の120万円は、治療費・休業損害・慰謝料などが分け合う枠。治療費の扱いは賠償全体に響く

出典

※本記事は2026年9月時点の一般的な情報提供です。届出の様式・必要書類・提出先は、加入している健康保険(協会けんぽ・健康保険組合・国民健康保険など)によって取り扱いが異なります。健康保険を使うかどうかの判断や示談の進め方は個別の事情で変わりますので、加入先の健康保険・ご自身の保険会社・必要に応じて専門家にご確認ください。補償内容やご加入の判断は、各保険会社の契約概要・重要事項説明書等を必ずご確認ください。

「相手の保険会社から示談書が届いたが、判を押していいのか分からない」。事故のあとにいただくご相談で、いちばん多い部類です。いま治療がどの段階か、ご自身の自動車保険にどんな補償が付いているか、そこを一緒に確かめるところからで大丈夫です。売り込みより先に、いまの保険を一つずつ一緒に見直すところから始めます。

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