社員が通勤中に追突されたら|労災と自賠責、先に使うほうを選べます
- 仕事中・通勤中に、相手のいる事故でけがをしたときは「第三者行為災害」として労災保険の対象になります
- 労災保険と相手の自賠責保険、どちらを先に使うかはけがをした本人が選べます。会社が決めることではありません
- どちらを先にしても、同じ損害の分を両方から受け取ることはできません。国があとで相手側に請求するか、先に受け取った分を労災から差し引くかで調整されます
- 慰謝料と、労災の休業特別支給金(20%分)は、この調整の対象外です
- 示談は、労働基準監督署に連絡してから。すべての損害について示談が成立すると、原則としてそれ以降の労災の給付は行われません
相手のいる事故は「第三者行為災害」として扱われます
労災保険では、けがの原因をつくった相手がいて、その相手に損害賠償の責任がある災害を「第三者行為災害」と呼びます。ここでいう「第三者」は、国・会社・けがをした本人の3者以外の人のことです。厚生労働省の手引きは、主な例として次の3つを挙げています。
- 交通事故(ガードレールにぶつかったなど、自分だけの事故は除きます)
- 他人から暴力を受けた
- 他人が飼っている動物にけがをさせられた(配達先で犬にかまれた、など)
仕事中・通勤中のけがなので、治療に使うのは健康保険ではなく労災保険です(仕事や通勤と関係のない事故なら、交通事故のけがでも健康保険が使えます)。請求の流れはふつうの労災と同じですが、第三者行為災害では「第三者行為災害届」の提出と、相手からの賠償とのあいだの調整が加わります。
労災と自賠責、どちらを先にしても二重にはもらえません
相手が車なら、けがをした社員は、相手の車の自賠責保険(車の持ち主が必ず入っている保険)に損害賠償を請求できます。同時に、労災保険にも給付を請求できます。どちらを先に受けるかは本人が自由に選べると、厚生労働省の手引きにも書かれています。
ただ、同じ損害の分を両方から受け取ると、実際の損害より多くのお金が入ってしまいます。そこで労災保険法第12条の4は、次の2つのやり方で調整すると決めています。
- 労災を先に使ったとき(労災先行):労災から給付したあと、国がその分を相手側(交通事故なら相手の保険会社など)に請求します。これを「求償」といいます
- 自賠責を先に受けたとき(自賠先行):受け取った賠償のうち、労災の給付と目的が同じ分を差し引いて、労災から給付します。これを「控除」といいます
差し引かれるのは、治療費、休業で得られなくなった収入、障害で減った収入、亡くなったことで遺族が失った収入、介護費用、葬祭費のように、労災の給付と目的が重なる部分だけです。精神的な苦痛に対する慰謝料や、車の修理代は、労災にもともと給付が無いので差し引きの対象になりません。
先に受ける側で、何が変わるか
厚生労働省の手引きは、自賠責と労災の違いとして次の点を挙げています。神奈川労働局は、こうした点を理由に自賠責を先に受けることをすすめています。
| 項目 | 相手の自賠責 | 労災保険 |
|---|---|---|
| 慰謝料 | 支払われる | 給付なし |
| 休業中の補てん | 休業損害を原則100% | 休業補償給付60%+休業特別支給金20% |
| 治療費の対象 | 労災より幅広い | 労災の療養の範囲 |
| 受け取るまでの早さ | 仮渡金などの制度で早く受け取れる | ふつうの労災の手続き |
一方で、自賠責のけがの支払いには被害者1人につき120万円の上限があります(自賠責だけでは足りない理由)。上限を超えた分を、相手の任意保険と労災のどちらから先に受けるかも、本人が選べます。
選んだあとの注意点もあります。自賠責を先にした場合、休業補償給付のように目的が重なる労災の給付は、自賠責からの支払いを国が確認できるまで出ないことがあります。反対に、労災を先に受けた分は、同じ目的で自賠責から受け取ることができません。途中で労災先行に切り替えたいときは、労働基準監督署と自賠責の保険会社の両方に連絡が要ります。
労災の休業中の給付は、休業補償給付(60%)と休業特別支給金(20%)の2つでできています。このうち特別支給金は、保険給付ではなく「社会復帰促進等事業」という別の枠から支払われるため、ここまでの調整の対象になりません。自賠責から休業損害を受け取っていても、休業特別支給金は差し引かれずに支給されます。自賠責を先に受ける場合でも、労災の請求をしておく意味があるのはこのためです。
社員が事故にあったとき、会社がしておきたい4つのこと
1. 労災の扱いになることを本人に伝える
仕事中・通勤中のけがは、相手がいる事故でも労災保険の対象です。健康保険ではなく労災で手続きすることを、早めに本人に伝えます。
2. 「どちらを先に使うかは選べる」と伝える
選ぶのは本人で、会社ではありません。相手の保険会社から先に連絡が来ていても、労災を先に使うこともできます。迷うときは、労働基準監督署に相談できます。
3. 「第三者行為災害届」をそろえる
労災の給付を受ける本人が、事故があったこと、相手の氏名と住所、被害の状況を、遅れずに労働基準監督署へ届け出ることになっています(労災保険法施行規則第22条)。厚生労働省の手引きでは、所属する事業場を管轄する労働基準監督署に、労災の請求書より先か同時に1部出すよう案内されています。交通事故なら、自動車安全運転センターの交通事故証明書(警察に届けていない事故は、代わりに「交通事故発生届」)と、本人が署名する念書(兼同意書)を添えます。正当な理由なく出さないと、労災の給付が一時止められることがあります。
4. 示談の前に、労働基準監督署へ連絡する
いちばん取り返しがつきにくいのが、ここです。相手の保険会社から、示談の話が早めに出ることがあります。
受け取る額を決め、それ以外の損害の請求はすべて放棄するという示談(全部示談)が本人の真意で成立すると、原則として、示談が成立したあとの治療や休業について労災からの給付は行われません。神奈川労働局の例では、100万円で全部示談をしたあとは、労災の給付が将来100万円を超えそうでも、労災からは一切出なくなります。
- 示談の前に、労働局か労働基準監督署へ連絡する
- 治療費や休業の分を別に労災へ請求するつもりなら、そのことを示談書にはっきり書いておく
- 示談をしたら、示談書の写しを労働局か労働基準監督署に出す
会社で労災の上乗せ保険(業務災害の保険)に入っている場合も、相手のいる事故で何が出るかは契約ごとに決まっています。いざというときに慌てないよう、証券や重要事項説明書で一度見ておくと安心です。
出典
- 厚生労働省 第三者行為災害のしおり
- 神奈川労働局 第三者行為災害
- 大分労働局 民事損害賠償と労災保険との調整方法について
- e-Gov法令検索 労働者災害補償保険法 第12条の4
- e-Gov法令検索 労働者災害補償保険法施行規則 第22条
- 国土交通省 自賠責保険・共済の限度額と補償内容
※本記事は2026年10月時点の一般的な情報提供です。労災保険の給付や支給調整は、個別の事情をもとに労働基準監督署が判断します。示談や請求の進め方は、労働基準監督署や社会保険労務士・弁護士などの専門家にご確認ください。補償内容やご加入の判断は、各保険会社の契約概要・重要事項説明書等を必ずご確認ください。
「社員が事故にあったら、うちの保険からは何が出るんだろう。」そう気になったら、いまの証券を手元にご連絡ください。労災と相手の保険のほかに、会社の契約で使える補償がどこまであるかを、一緒に読み合わせます。新しい保険の話より先に、いまの契約の中身を確かめるところから始めます。