社長がケガをしても、労災は下りません|中小事業主と一人親方の「特別加入」
「現場に出ているのは自分も同じなんですけどね」。社長さんや一人親方の方から、よく聞く言葉です。同じ場所で、同じ道具で、同じようにケガをする。それでも労災保険は、原則としてその人には下りません。ここを埋めるのが「特別加入」という制度です。
労災保険は「労働者」のための制度です
労災保険は、労働者が仕事や通勤でケガや病気をしたときに給付を行う制度です。逆にいえば、事業主本人、役員、一人親方は「労働者」ではないので、そのままでは対象になりません。従業員の分の保険料をきちんと納めていても、社長自身の骨折には出ない。ここは意外と知られていないところです。
そこで労働者災害補償保険法33条は、業務の実情や災害の発生状況から見て労働者に準じて保護することがふさわしい人に、任意で加入する道を開いています。これが特別加入です。
入口は、大きく3つ
| 区分 | 誰が |
|---|---|
| 中小事業主等 | 一定規模以下の事業主(法人なら代表者)と、その事業に従事する労働者以外の人。家族従事者や、代表者以外の役員が入ります |
| 一人親方等 | 労働者を使わないで事業を行うのが常態の人。建設、自動車や自転車での運送、林業、漁船、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師、歯科技工士、医薬品の配置販売、再生利用の廃棄物の収集運搬など。業務委託を受けて働く特定受託事業者(いわゆるフリーランス)も対象です |
| 特定作業従事者 | 一定の作業に従事する人。農業、家内労働者、介護や家事支援の作業、芸能、アニメーション制作、情報処理の作業などが挙げられています |
このほか、海外に派遣される人のための区分もあります。
中小事業主は、事務組合への委託が前提です
中小事業主等として入るには、規模の条件があります。常時使用する労働者が300人以下。ただし金融業・保険業・不動産業・小売業は50人以下、卸売業・サービス業は100人以下です。工場や支店がいくつかあるときは、それぞれの労働者数を合計します。
もうひとつ、手続きの条件があります。労働保険事務組合に労働保険の事務処理を委託していること。これが中小事業主の入口です。申請書は事務組合を通じて労働基準監督署長経由で都道府県労働局長に出し、承認は申請の日の翌日から30日以内で希望した日になります。
季節的に人を雇う商売の場合は、1年間に100日以上労働者を使っていれば「常時使用している」として扱われます。100日に満たないときは中小事業主等としては入れないので、一人親方等の要件に当てはまるかを見ることになります。
そして原則は包括加入です。事業主本人だけでなく、家族従事者など労働者以外で業務に従事している人を全員まとめて申請します。病気療養中や高齢などで実態として事業に従事していない事業主は、そこから外すことができます。
一人親方は、団体を通して入ります
一人親方等と特定作業従事者は、個人で直接は入れません。特別加入団体をつくる、あるいは既にある団体に加わって、その団体が申請します。承認されるとその団体が事業主、加入者が労働者とみなされるという組み立てです(労災保険法35条)。お近くの団体は、労働基準監督署で聞くことができます。
保険料は「給付基礎日額」で決まります
特別加入では、給付の計算のもとになる給付基礎日額を自分で選びます。3,500円から25,000円までの16種類で、申請に基づいて労働局長が決定します。年間保険料は次の式です。
- 保険料算定基礎額 = 給付基礎日額 × 365
- 年間保険料 = 保険料算定基礎額 × 事業ごとに定められた保険料率
- 厚生労働省のしおりの例では、料率が1000分の12の事業で日額10,000円を選んだ場合、年間43,800円
日額を低くすれば保険料は下がりますが、休業したときに受け取る額も下がります。変更したいときは3月2日から3月31日の間、または労働保険の年度更新期間中に申請しますが、災害が起きたあとでは、その年度の変更は認められません。上げるなら元気なうちに、という制度です。
見落としやすい、2つの線引き
ここが特別加入のいちばん大事なところだと思います。入ったからといって、24時間どんな場面でも労災になるわけではありません。
- 「事業主の立場で行われる業務」は対象外です。補償されるのは、申請書に書いた労働者の所定労働時間内に、その事業のために行う作業とそれに直接付随する行為など。銀行や取引先との商談のような、経営者としての行動中のケガは想定されていません
- 休業の給付には「全部労働不能」が要ります。特別加入者の場合、収入が減ったかどうかにかかわらず、補償の対象とされている範囲の業務がまったくできない状態であることが条件です
加えて、粉じん、振動、鉛、有機溶剤の業務歴が一定期間ある人は、加入前に健康診断を受ける必要があります。この健診の費用は国が負担します(交通費は自己負担)。すでに発症している病気や、加入前の原因による病気は給付の対象になりません。
社長も一人親方も、そのままでは労災保険の外にいます。特別加入という入口はありますが、中小事業主は労働保険事務組合への委託、一人親方等は団体への加入が前提です。そして守られるのは「事業主の立場を除いた作業中」で、休業給付には全部労働不能という条件がつきます。この線の外側、たとえば経営者としての行動中のケガや、働けるけれど収入が落ちた期間をどうするかは、民間の傷害保険や所得補償で考えることになります。
出典
- e-Gov法令検索 労働者災害補償保険法(33条、34条、35条)
- e-Gov法令検索 労働者災害補償保険法施行規則(46条の16〜46条の20)
- 厚生労働省「特別加入制度のしおり(中小事業主等用)」
- 厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」
- 厚生労働省 労災保険への特別加入
※本記事は2026年9月1日時点の一般的な情報提供です。特別加入の対象、規模の要件、給付基礎日額、保険料率は法令改正で変わります。加入の可否や手続きは、所轄の労働基準監督署、都道府県労働局、労働保険事務組合、特別加入団体にご確認ください。補償内容やご加入の判断は、各保険会社の契約概要・重要事項説明書等を必ずご確認ください。
特別加入で守られる範囲と、そこから外れる範囲。まずはこの線を一緒に引いてみませんか。いま選んでいる給付基礎日額でひと月休んだらいくらになるか、そこと生活費の差がどれくらいか。数字にすると、足すべきものが見えてきます。売り込みより先に、いまの備えを一つずつ確かめるところから。
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